Business&Marketing Column
人手不足
賃上げ
採用/HR
2024.05.15
2024年2月レポートの「人手不足時代の採用戦略を探る - 若手~中堅正社員の仕事の満足度等に関する調査 -」でも、ダントツの不満項目として挙げられていた「賃金」。
それでは、深刻化する人手不足の現況が、企業に賃上げを後押しするものとなっているのでしょうか?
今回のコラムでは、厚生労働省の2つの統計調査をもとに、業界別の人手不足&賃金動向を確認することで、今後の可能性も含めて探ってみたいと思います。
1. 業界別の就業者数と人材不足の動向
今回用いた統計データは、令和3年~5年の「上半期雇用動向調査*」と「賃金構造基本統計調査」の結果。
* 雇用動向調査は、令和5年の結果がまだ未公表のため、上半期のものを使用
まずは、雇用動向調査をもとに、業界ごとの人材不足の状況から確認してみます。
最初は、就職者(雇用動向調査の用語では入職者)数から離職者数を引いた業界(産業)別の就業者の純増数の推移を示すグラフです。
コロナ禍の影響で、2021年上半期時点では、大きく就業者を減らしていた「宿泊業、飲食サービス業」が、2022年~2023年上半期には、一転、非常に多くの雇用を集めている結果となっています。
それに続いて就業者を増やしているのが、「生活関連サービス業、娯楽業」「医療、福祉」などの業界です。
続いては、人手不足の状況をよりリアルに表すと考えられる「未充足求人数」の推移を示すグラフです。
「宿泊業、飲食サービス業」は、2022年~2023年にかけて大きく就業者を増やしたにも関わらず、さらに加速度的にこの数字が跳ね上がっています。
他の業界では、2023年/2022年上半期比で、それほど差がないのに対し、ひときわ目を引く状況です。
その他、このグラフでは、「卸売業、小売業」「医療、福祉」などが続いて高く、これらの業界でより人手不足が深刻と考えられます。
2. 業界別の賃金動向
次に、賃金構造基本統計調査による業界(産業)別の賃金を確認してみます。
* 単位は、千円
2023年のデータでは、人手不足が最も深刻と考えられる「宿泊業,飲食サービス業」が最低の賃金水準。
そして、「生活関連サービス業,娯楽業」「サービス業(他に分類されないもの)」などが続き、概してサービス業関連が低い傾向となっています。
また、前項のグラフで人手不足が深刻と捉えられる「医療、福祉」も水準は低く、「卸売業、小売業」も決して高いとは言えない結果となっていました。
一方で、賃金水準が高い業界は、順に「電気・ガス・ 熱供給・水道業」「学術研究,専門・技術サービス業」「金融業,保険業」などとなっており、最低の「宿泊業,飲食サービス業」と最高の「電気・ガス・ 熱供給・水道業」の差は、約15万円と開いています。
この時点で、多少の賃上げが、業界を超えての人材獲得競争にナカナカつながらない構造が見えてきます。(...もちろんスキル等の壁もありますが...)
なお、賃金水準は、就業者の雇用形態(正規・非正規)の割合、年齢構成などの要素にも大きく影響されますので、その点は、予め補足しておきます。
そこで、今度は、業界ごとの賃金の伸び率を確認してみることにします。
グラフは、2021年を100とした場合の3年間の賃金の伸び率を示しています。
グラフでは、「鉱業,採石業,砂利採取業」が突出して伸びている他、「サービス業(他に分類されないもの)」「運輸業,郵便業」「建設業」などの伸びが高くなっています。
この点、正確に賃上げの影響かは不明ですが...「運輸業,郵便業」「建設業」と、いわゆる“2024年問題”の対象業界で、賃金上昇が進んでいる結果となっていました。
他方で、「宿泊業、飲食サービス業」では、ほとんど賃金水準が上がっておらず、「医療、福祉」もその伸びは緩やかとなっています。
ただし、「卸売業、小売業」に関しては、比較的賃金が上昇している部類に入り、同じ人手不足が深刻な業界でも、やや明暗が分かれる結果となっていました。
3. 賃金と就職者数、人手不足の伸び率の関係
ココであらためて、2つの統計データを組み合わせて、賃金と人手不足に相関があるかどうか?確認するグラフを作ってみることにします。
最初は、賃金と就職者(入職者)数の伸び率(2023年/2022年比)の関係です。
このグラフでは、ポジションが大きく離れている「生活関連サービス業,娯楽業」を除き、一見、正の相関がありそうなグラフになっていますが...残念ながら、統計的には相関があると言えるものにはなっていませんでした。
続いて、賃金と未充足求人数の伸び率のグラフでも確認してみます。
こちらのグラフは、各業界のポジションのバラツキが大きく、前のグラフ以上に相関は見えません。
それどころか、近似曲線をあえて描いてみると、負(マイナス)の傾きになってしまっています。
以上、今回のコラムでは、業界ごとの人手不足と賃金の動向を確認してきましたが...今回の結果を見る限り、残念ながら、人手不足が賃金水準を押し上げするような関係にはなっていない。というのが結論です。
もちろん、人手不足の現況が、やや遅れて、賃上げという形に現われる可能性もありますので、時間軸を含めた注視が今後も必要ですが...賃上げを行うためには、当然、その原資が必要になります。
人手不足など供給サイドではなく、価格転嫁余地など需要サイドの業界構造に規定されてしまう面も大きいと考えられるため、この状況のみが賃上げを後押しするパワーはかなり限定的なのではないでしょうか?
なお、今回は、業界別のデータをもとにしていますので、個々の企業の動向は、また違った様相になっている可能性があると思われます。この点、最後にお断りしておきます。
[おまけ]企業規模別/年代別の賃金推移
今回のコラムの終わりに、おまけとして、業界別とは異なる賃金推移のグラフを掲載しておきます。
一つは、企業規模別の賃金推移です。
* 賃金グラフの単位は、千円
中小企業の水準はまだまだですが...それでも、このグラフを見る限り、ちまたで言われているような“大企業ばかり賃上げが進んでいる”とは違う様相も見えてきますね。
もう一つは、年代別の賃金推移です。
* 賃金グラフの単位は、千円
人口構成を反映して、若年層ほど賃金水準の上昇率が高くなっていますが、一方で、雇用延長など労働力を補うために、60代の上昇率も比較的高くなっています。
他方、ちょうど就職氷河期にも直面した”団塊ジュニア世代”は、この時代においても残念な状況ですね。(涙)